今学期の振り返りと最終報告書
今学期はとてもたのしっかたです!色々なことを習いました !新しい文法とか漢字とかみんあの個人学習のトピックとか色々ことです。みんあさんは日本語の勉強を続けましょう!また会いましょう!
私のトピックは日本の写真撮影だ。まず、日本の写真撮影を選んだ理由は、 去年の夏,カメラを買ったので、写真をとるのが上手になりたいと思ったからだ。そして、他のスタイルや歴史に興味があるから選んだ。
戸松署名は大切な写真家の一人だ。1950年ごろ戸松は写真を撮り始めた。第二次世界大戦のときにたくさん写真を撮った。特に 長崎の原爆のあとの写真はとても大事だ。よく、生存者の写真を撮ったが、これには何の意味があるのだろうか。それは日本でのその出来事のインパクトを人々に知って欲しいと思ったからだ。戸松の写真にはその時の様子と彼の思いが見られる。怖い気持ちや痛い気持ちが伝わる。それに日本の戦争の跡地も紹介したいと思う。アメリカの兵士とか顔とか体とか変わったことをよく撮った。時計の写真とビールの写真はとても有名だ。博物館でその写真を見られる。
細江栄光も需要な写真家で、写真の中にたくさんのシンボルがある。第二次世界大戦の後写真を撮り始めた。彼は、学生の時に「FujiFilm」の賞を受賞して、写真家になった。写真のトピックは多くは人生や死だ。彼の撮り方はとてもとくべつで、他の人は「これはふつうじゃない」と言った。よく、たくさんの体を使ったり、白と黒の大きい対比を使う。それに、写真を撮る時、俳優とダンサーといっしょに撮った。彼の写真のひかりとかくどとかげはとても面白い。細江は「Avant Garde」のスタイルが人気になり、今たくさんの写真家がこのスタイルを使う。
森山大道は世界で有名な写真家の一人だ。かれがストリートフォトグラフィーの考え方を変えた。写真をとる時「詫びさび」という考えをよく使った。「わびさび」というのは英語で Beauty of imperfections だ。そのために写真の中によくあれ、ぶれ、ぼけが見られる。あれはgrainy ぶれは blurryぼけは out of focus.である。そのことが彼の写真をおもしろくする。「ハンター」と「Farewell」と「Accident」は森山のとても有名なプロジェクトだ。よく、毎日の人生の写真を撮ったので、ふつうの様子が見られる。森山は「私にとって写真は美しい芸術を創造する手段ではなく、本物の現実に会うユニークな方法です」と言った。
「Provoke」というざっしは5人で作られた。写真家の森山大道、中平卓馬、高梨豊、多木浩二そして岡田隆彦だ。このざっしの中に、たくさん戦後の写真があるが、それは世界中の人々を「Provoke」したかったからだ。写真はその時の様子がわかるため、よくあれ、ぶれ、ぼけの撮り方を使った。その時、あれ・ブレ・ボケのスタイルは世界では注目されていなかった。今、その考えはとても違う。その表現はふつうの撮り方に対抗していて、他の写真家の撮り方の種類を増やしたかった。それに、雑誌の文章は大切で、岡田は詩集を書いた。
さいごの写真家は蜷川実花。蜷川の写真の重要な部分は色だ。その取り方は「蜷川色」という名前がついている。写真の中の色の使い方が夢みたいである。しかし、蜷川はよく死んだ花と造花の写真を撮る。蜷川は写真を見て人に「これは虚構か現実かどちらか」を考えてほしいからだ。彼女は面接に「"Color overflows within black, black lurks within color」と言った。彼女の写真を見て人を圧倒させるために、よくたくさんのとても明るい色を使う。私は彼女はきれいで面白い写真を取っていると思う。
たくさんの写真家がいるので、誰を選ぶかちょっとたいへんだった。それに、モダンな写真家をさがすのはは少し大変だった。戦後の写真家の方が人気だから、それもたいへんだった。写真家が写真を通して何を伝えたいかを考えることが難しかった。
今、私は幸せな気持ちだと思う。新しいことを知ったのでこれからたくさん写真を撮りたい。これからもっと写真家の写真を見て、自分も他のスタイルを使おうと思う。写真の歴史も面白いと思う。過去にあまり知らなかったから、今まではよくかんがえなかったが、今は違う。
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